窓の外を見ると陸地が見える。土地は広大で地平線が眼前に広がり、「あぁ、大陸に来たのだな」と実感する。隣では中国国際航空の搭乗員らしき人が5~6部の新聞を読み漁っている。私は旅行ガイドに目を戻し、上海での行動プランを考え始めた。
今回中国に行くきっかけとなったのは、2008年10月に行われた農業経済系のシンポジウムで中国人民大学の学生たちと仲良くなったことだ。私達はシンポジウムの後、農場や阿蘇山を共に訪れ、バスの中、夜の宿で語り合った。中国で会うことを約束した半年後の今、初めて中国本土の土を踏むことになる。
上海浦東国際空港に到着する。いつもの旅よりちょっと気分が高揚していたのは、初めての一人旅だったからだろうか。想像していた不安感に襲われることなく、この旅のスタートを切った。
今回の旅順は上海、南京、杭州と長江デルタを列車で回って上海に戻り、北京へ飛ぶといったものだ。南京行きを翌日に控えていたため、乗車券を買いに上海駅まで移動する。時刻は午後5時前。ちなみに北京行きの航空券もこの日に手配する予定だったのだが、予想より時間がなかったため翌日に回すことに。
バスを待っていると、タクシーの運転手が中国語で話しかけてくる。その場にいたカップルと私と3人で相乗りして、一人50元(=750円程度)と言ってくる。市街地までの距離約60km、空港バスを利用して22元だったので利用してもよかったのだが、楽すぎて嫌だったのでお断りしてバスを待つ。
そのカップルも結局バスに乗ることにしたので、そちらに一緒に乗ることに。彼らは大分から来ていて、男性の方(Aさん)は中国人、女性の方(Bさん)は留学生がキャンパスの半分を占める某大学の2年生だった。ちなみにカップルではないらしく、Aさんの姉が上海にいるのにかこつけて来ていた。Aさんは上海の人ではなかったので地理には疎いようだったが、中国語が出来るので私も街まで案内してもらった。
2人はバスを途中で降り、私は終点の上海駅まで行った。夜7時。駅内外は人ごみでごった返していた。私はインド・デリーでの光景を思い出したが、あの圧倒的な騒々しさと比べると落ち着いていて施設もきれいだと感じた。出稼ぎらしき人もたくさんいて、現代中国らしい。
南京行きの列車を予約した。価格は確か100元程度だった。この日のミッションは終わったので、予約していた人民広場近くのユース・ホステルを目指す。人民広場までは地下鉄一本で行けたものの、地図を印刷し忘れていたためそこからどう行けばいいか分からない。午後9時。結局その場からタクシーに乗り、宿の人に電話で道を教えてもらいながらやっとのことで到着した。
宿は男女混合の4人部屋で、その日は私以外にはアメリカ人のR氏が泊まっていた。彼はロサンジェルスにすむ楽器の商人で、以前はジャズでサックスのプレイヤーだった。両親が亡くなったのを転機に起業(?)し、E-bayを通じてサックスを売り、最近は天津、上海を拠点にして事業を展開していると言う。いずれは天津に工場を、上海に事務所を開く予定で、今回はそのビジネスの準備と旅行も兼ねて訪れている。私と同じくらいの年の息子がおり、彼はUCLAの生物学科を今年卒業している。
R氏とは、人生観や彼のビジネスの話、アメリカの問題点、中国のこと、旅行のことなどを2時間ほど話し、だいぶ仲良くなれた。
その後、私は夕食を取りに外出。午後11時。上海は夜一人で歩いても大丈夫なくらい治安がいい。道端には結構ゴミが多く、先進都市上海のイメージと異なっていた。雲南路というレストラン通りを歩くが、閉まっているところが多く、とりあえず空いていたお店に入る。小さくてちょっと汚いお店だったが、おじさんだけでなく若い女性も数人居た。
食事が終わって宿に戻ると、R氏は既に寝息を立てていた。明日の予定は特に立てていなかったが、体力だけは万全にしておこうとシャワーを浴びてそのまま床に就いた。
